恋愛を休んで得られた気づき

恋愛依存編


恋愛をしていないと不安で、寂しさを埋めるように誰かにしがみついていた。
でもある日、「このままでは誰も幸せになれない」と気づいた。
この記事では、恋愛を休んで自分と向き合った時間の中で見つけた気づきを綴ります。

寂しさと正面から向き合う

寂しさを埋めるために恋愛をすると、相手に依存してしまう。
そのことに気づいた私は、「本当に好きな人に出会うまでは恋愛をしない」と決めた。

私のことも、子供のことも大事に思ってくれる人。
自分の気持ちを押しつけない人と出会えるまでは恋愛しなくていいと思った。
出会えなければ出会えないでいい。
このままずっと恋愛をせず生きていこうと覚悟を決めた。

最初は孤独に耐えるのがつらくて、不安に押しつぶされそうになる日もあった。
寂しくて眠れない夜もあった。

けれど、その時間が私に新しい気づきを与えてくれた。

恋愛を休んでみると、今まで押し込めてきた「寂しさ」がはっきりと顔を出した。
今まで紛らわせては気づかないふりをしてきた寂しさ。

誰かに埋めてもらうのではなく、自分で受け止めるしかなかった。

その過程で私は、「寂しさは悪いものではなく、安心を求めているサインなんだ」と思えるようになった。

本当に欲しかったのは安心と承認

私は恋愛そのものよりも、「安心できること」「自分を認めてもらうこと」を求めていた。

母に支配され、自己肯定感を持てなかった子ども時代。
母の愛を感じることができなかった。

愛されるとはどういうことなのか分からないまま育ってきた私は、
その穴を恋愛で埋めようとしてきたのだと気づいた。
その穴はちっとも埋まらず、貪欲に愛情を求め続けていた。

自分が変わらなければずっとこのまま同じことを続けてしまうと思った。
ーーーこのままでは誰も幸せにはなれない。

恋愛を休んだからこそ、「愛されなければ価値がない」という思い込みから、
少しずつ距離を取れるようになった。

自分で自分を承認する

承認は、人からもらうものだと思っていた。

でも少しずつ「今日も頑張った」「ちゃんと続けられた」と、
自分に言ってあげるようにした。

それはほんの小さなことだったけれど、
“安心は恋愛からもらうものではなく、自分の中にもある”
──そう思えるようになっていった。

子供の存在

これまで私は、子どもたちの存在に素直に向き合うことができなかった。
母に向き合ってもらえなかった私は、どう接すればいいのか分からなかったのだ。

ずっと母を好きになれなかった私には、
「ママが大好き」と言ってくれる子どもたちの言葉がうまく受け取れなかった。

でも、そんな子どもたちのまっすぐな愛情に触れるうちに気づいた。
「この子たちには、私のような寂しさを味わわせたくない」──そう強く思った。

恋愛をいったんやめ、子どもたちときちんと向き合うようになってから、
私と子どもたちの関係は少しずつ温かく変わっていった。

これからの恋愛に向けて

恋愛は、しなければならないものではない。
「母親なのに恋愛なんて」と言う人もいるかもしれない。

けれど、
お互いを支え合い、子どもたちも認めてくれる関係なら、
それはきっと悪いことではないと思う。

恋愛を休んだ時間は、決して無駄ではなかった。
「自分で自分を認める」土台ができたからこそ、
次の恋愛は、もっと穏やかで健全な形で向き合える。

次に出会う人とは、
依存ではなく、自分を大切にしたうえで関わっていきたいと思えるようになった。

同じように悩んでいるあなたへ

恋愛を休むことは逃げではありません。
それは、自分を見つめ直すための大切な時間です。

あなたが求めているのは「恋愛」そのものではなく、「安心」と「承認」かもしれません。
自分で自分を認められるようになると、きっと恋愛も違う形で見えてくるはずです。

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