孤独と過食

自己肯定感編

食べても食べても満たされなかった

机の上に、空の袋が積み上がっていく。
食べても食べても満たされない。

「もうやめよう」と思いながら、あと少しだけと手を伸ばす。
止まらない自分に、どうしようもない焦りを感じていた。
あと一口だけ。そう思いながらいつの間にか空になるまで食べていた。

さっきご飯を食べたばかりで、絶対にお腹がすいているわけではないのに
止まらずに何かを食べてしまうことも多々あった。

朝になると体はだるく、鏡に映る自分の顔はむくんでいて、さらに自己嫌悪が膨らんだ。

過食と強い後悔の繰り返し

食べ終えた後に押し寄せるのは、強い後悔と自己嫌悪。

「また食べちゃった」
「今日は食べるつもりじゃなかったのに」

その言葉が頭の中でぐるぐる回る。

胃は痛く、体は鉛のように重い。
シャワーを浴びる気力さえなく、布団に丸まって動けない夜もあった。

体重が増えるのが怖くて、体重計に乗ることができなかった。
数字を見るのが怖かった。
見た瞬間、自分をもっと嫌いになってしまいそうで、
何日も現実から目をそらしていた。

食べ物は一瞬だけ不安を忘れさせてくれる。
でも結局、私をさらに追い詰める刃になって返ってくる。

安心を求めて食べているのに、何も満たされなかった。
それどころか「自分の食欲すらコントロールできない」事実から、また自分を責めていた。

「どうして私はこんなにダメなんだろう」
「どうして私はこんなに弱いんだろう」
そんな言葉が頭を支配していった。

孤独や不安と過食の関係

過食は、孤独や不安を紛らわせる手段だったのかもしれない。
本当は食べ物じゃなく、安心や愛情を欲しかったのだと思う。

精神的に不安定になると、食べる量が一気に増えた。
気持ちの空白を埋めるように、食べ物に手を伸ばす。

袋を開ける音で一瞬気持ちが落ち着く。
口いっぱいに食べ物を詰め込むと、胸の中の空洞がほんの少しだけ埋まった気がした。

でもすぐに、その空洞は倍になって戻ってきた。
食べることで安心できるのはほんの数分で、後に残るのは罪悪感と重たい体。
結局、心はさらに荒れていった。

自己肯定感と向き合いながら

今も完全に克服できたわけじゃない。
夜中に食べすぎてしまうこともある。

でも前より違うのは、「責めない」という選択をできるようになったこと。

「また食べた、私ってダメだ」と思う代わりに、
「それだけ疲れてたんだな」「今はそういう時なんだな」と受け止められる瞬間が増えてきた。

完璧にやめられなくてもいい。
弱さを隠さないことで、少しだけ心が軽くなることもある。

同じように悩んでいるあなたへ

もしあなたも「食べても食べても止まらない」夜を経験したことがあるなら、
どうか自分を責めすぎないでください。

過食は意思の弱さではなく、心が必死にバランスを取ろうとしているサインです。
食べ物に手を伸ばすほど、あなたは安心や愛情を求めていたのだと思います。

完璧に克服できなくても大丈夫です。
少しずつ「責めない」という選択をしていけば、それだけで前に進んでいます。

あなたの存在には価値があります。
過食の有無に関わらず、あなたは生きていていい人です。

どうか、今日だけは自分に優しくしてあげてください。
そして、「また食べちゃった」と思う夜も、どうか自分を責めないで。
その夜を乗り越えたあなたは、もう十分頑張っています。

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