子ども時代に慣れてしまった支配
母の機嫌を損ねないように従うのが当たり前だった。
反抗すれば無視され、不機嫌という沈黙の罰が待っていた。
感情のままにヒステリックに怒鳴られることもあったけれど、怒鳴り声よりも怖かったのは冷たい空気と沈黙だった。
リビングに座っていても、呼吸をするだけで「うるさい」と言われるんじゃないかと怯えていた。
家の中がシーンと静まり返り、母が放つ視線が刺さる。私の存在を「いないもの」として扱われる、その感覚は子どもの心をじわじわと蝕んでいった。
幼い私は「支配されること」に慣れていった。
自分の気持ちを出すより、言われたとおりにする方が安心だった。
そのうちに自分で考えて行動するのをやめ、ただ流されるように生きるようになった。
恋愛でも繰り返したこと
大人になっても、その癖は消えなかった。
恋愛をすると、相手に合わせすぎてしまう。
嫌われるのが怖くて、自分の気持ちを押し殺す。
本当は嫌なのに言うことを聞いてしまう。しんどくても辛くても「嫌」と言えなかった。
相手が不機嫌になると、母の影が重なって見えた。
心臓がぎゅっと締めつけられて、頭の中は「嫌われたら終わり」でいっぱいになった。
尽くせば尽くすほど、相手の態度は雑になる。
それでも必死に尽くして、離れていかないように縋る。
安心を求めているはずなのに、ますます不安になっていく。
幸せになりたいはずなのにどんどん幸せとはかけ離れていった。
「嫌われたら終わり」の恐怖
恋愛は本来、安心できるもののはずなのに、私にとっては恐怖との隣り合わせだった。
一言の沈黙、少しの態度の変化。
それだけで心が揺れて、頭の中は「もう嫌われたかもしれない」でいっぱいになる。
スマホの通知が鳴らないだけで胸がざわつく。
夜、眠れずに画面を何度も確認し、「もう終わりかもしれない」と不安が募る。
母の顔色を伺っていた子どもの頃と、何も変わっていなかった。
突き放されれば突き放されるほど追いかけてしまう。
まるで子どもの頃に「嫌われたら生きられない」と思い込んでいた自分が、大人になった私を操っているみたいだった。
支配と依存は鎖の両端
母からの支配を抜け出したはずなのに、別の形で人に縛られていた。
気づけば、母の支配と恋愛での依存は、鎖の両端のようにつながっていた。
「嫌われたら存在できない」という思い込みが、私を縛り続けていたんだ。
少しずつ鎖を外す今の私
今もその思い込みが完全に消えたわけじゃない。
でも少しずつ、「従わなくても嫌われない」「ありのままでも価値がある」と思える瞬間が増えてきた。
鎖を外すのは簡単じゃない。
けれど「つながっていたことに気づけた」ことが、自由への最初の一歩になっている。
同じように悩んでいるあなたへ
もしあなたも「親の支配に苦しみ、その延長で恋愛でも依存してしまった」経験があるなら、どうか自分を責めないでください。
それはあなたの弱さではなく、子どもの頃に「嫌われたら生きられない」と思い込まざるを得なかっただけです。
その思い込みは強くても、少しずつ変えていくことはできます。
従わなくても、我慢しなくても、あなたの価値は揺らぎません。
この記事が、あなたが自分を大切にする勇気につながれば嬉しいです。


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